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「白鳥廃止」の噂がどうも事実らしくなってきたため年明け急遽北へ向かいました。
新世紀の冬は例年にない大雪で、日本海筋はほぼ毎日ダイヤが乱れ、通過時間になっても待たされて寒さがこたえました。
この日もカメラをセットしたものの、30分遅れでようやく「白鳥」通過でした。
奥羽本線 南能代(信) 2001. 1. 9 |
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「白鳥は2001年3月改正で廃止」がついに決定すると、最後の走りをとさらに庄内入りしました。
沿線には多くのファンの方々がいらしており、その姿を撮影していらっしゃいました。たまたまこの日は前日にA9編成が北上したとの情報があり、それではと「定番幕内」でとこのコマを収めました。
羽越本線 藤島−幕内(信) 2001. 2.10 |
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上の写真を撮影した日はダイヤもほぼ正常で、天候も悪くなかったため、夕方酒田駅に向かい下り「白鳥」を撮影しました。ホームに立つファンの方がいらっしゃらなかったのが不思議でしたが、車内はほぼ満席のようでした。
対向ホームに列車もなく、すっきりした写真が撮れたことに、もっと明るい季節に駅撮りをしておくべきだったと後悔させられました。
羽越本線 酒田 2001. 2.10 |
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翌11日、庄内3カーブの最も北のポイントにて上り「白鳥」を撮影。
上りは定通で、雪煙を上げて走ってくる白鳥は力強く、また美しいものでした。
羽越本線 吹浦−遊佐 2001. 2.11 |
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酒田の次は鶴岡、とその夜鶴岡駅入りしたのはよかったのですが、すでに夕方から猛烈な地吹雪となりホームで待機もできない状態。
案の定下り便は30分遅れで到着しました。
こうした悪天候でも「白鳥」には日本海縦貫という使命があったのですね。
羽越本線 鶴岡 2001. 2.11 |